山梨県身延町西嶋は、四百年余年の歴史を持つ画仙紙「西嶋和紙」の産地として知られている。この西嶋に位置する身延町なかとみ現代工芸美術館は、開館以来、紙のもつ美しさ、紙の表現の多様性、造形美の素晴らしさを伝える特別展を開催してきた。今回は、同美術館から、この紙の造形シリーズ展の一環として中国の“剪紙”を紹介したいとの依頼を受け、当会館による特別協力のもと、「紙の造形シリーズⅢ(アジア篇) 中国の剪紙芸術展 繊細・華麗な切絵の世界」が、昨年11月12日から1月16日まで、同美術館にて開催された。
展覧会では、中国美術館民間美術部副研究館員である劉亜平女史が中国各地―16省30県から幅広く収集した49名の作家による剪紙作品112点が展覧された。中国民衆の日々の暮らしを剪紙独特の誇張表現で力強くユーモラスに描いた作品から、中国伝統的な吉祥図案を高い剪紙技巧をもって繊細、華麗に創り出した作品、そして現代風にアレンジされた作品まで、作品からは中国各地の多様な造形美を見て取ることができ、中国剪紙を幅広く紹介する質の高い内容となった。
開幕と閉幕時には、中国美術館民間美術部副研究館員・劉亜平氏と中国の剪紙作家・孫二林氏が招聘され、彼らと地元の人々が直接交流をはかる場が積極的に設けられた。美術館ロビーで開かれた剪紙講演・実演・実技体験講座には、各回とも近隣に住む老若男女で賑わい、中には関西や九州から駆けつけた熱心なお客様もいた。また、県内の小中学校を精力的に回り、授業の一環として、剪紙の実演や体験講座を行い学生との交流も深めた。孫氏が小さなハサミ一本を使って下絵も描かずに動物や草花を切り始めると、学生たちは固唾を呑んでその熟練した繊細なハサミ裁きを見守り、出来上がった作品に感嘆の声をあげた。
その後、学生たちには一番簡単な剪紙に挑戦してもらった。孫氏が切る手順やコツを一歩一歩丁寧に教えるなか、学生たちはハサミをもって四苦八苦。改めて四代にわたって培われた孫氏の剪紙技術の奥深さに感心するとともに、自分で創意工夫を凝らした図案を切り出すなど、もの創りの楽しさを実感したようだった。学生たちからは「切り間違えたらどうするのか」「一番大きな作品はどの位か」などの質問が相次いで寄せられ、この日のために覚えた片言の中国語で孫氏にお別れの挨拶をするなど、最後まで和やかな雰囲気のもと、学校を後にした。
本展の成果は次の3つに集約できると思う。1つ目は、剪紙という中国の伝統芸術の素晴らしさを直接的な方法で日本の人々に紹介できたこと。特にこれを学生たちに見せることができたことの意義は大きい。人の手を使って“ものを創る”機会が失われつつある今、学生たちは、剪紙作家の見事なハサミ裁きを間近で目にし、人間の“手”がなしえる無限の可能性を感じ取ったはずだ。この経験は子供たちの将来に何らかの影響を与えることだろう。 2つ目は、こうした展覧会を和紙と関連の深い地域で開催し、両者の友好関係を築くのに貢献できたこと。地元の製紙業者、山梨県指定無形民族文化財に指定されている沢登六角堂の切子関係者や篆刻家などが資料を持ち寄り、中国の先生方と積極的に意見交換をしていた。美術館に併設する和紙関連商品販売店とは、今後、和紙を使った剪紙販売が実現可能かどうかについて意見が交わされていた。
3つ目は、中国の先生方と地元の人々との間で“心の交流”がはかれたこと。受け入れ先の身延町の方々は、中国の先生方との交流に非常に熱心だった。前述した紙の関係者はもちろんのこと、一般の来場者でもお土産を用意してきたり、日本の伝統料理を味わってもらおうとお赤飯や漬物を持参したり、和紙で作った自作の剪紙を贈ったりなど、それぞれが心からのもてなしで中国の先生方を迎えた。歓送迎会等の席上では、日本側から、先の大戦を痛む気持ち、残留孤児を育ててきた中国への感謝の思い、幼い頃から抱き続けた中国に対する憧れの感情など、各々の体験をもとにした中国に対する思いが熱く語られ、互いに話が弾み、中国の先生方も「今回の訪日が一番心に残った」という嬉しい感想を述べられた。最後は、双方とも両国民の友好や平和を願う気持ちを口にし、今回の交流の成功を喜んだ。こうした心の交流は、日中相互理解の促進のための何よりの成果だったと思う。
今回の経験を通じ、文化交流事業の成果のうち最も必要なことは、互いの心の交流を深めることだという思いを新たにした。その方法のひとつとして、町民との垣根をとりはらい、町民と一体となった文化振興事業を行っている、身延町なかとみ現代工芸美術館の取り組みは、大変参考となった。今後は、地域社会との連携をさらに強め、地域社会の中で文化を通じた日中相互理解を深める催事を増やし、友好の輪を広めていきたい。 (2005.1 文化事業部 侘美)